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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(オ)159号 判決 1957年3月05日

主文

原判決中上告人の不法行為に基づく損害賠償の請求を排斥した部分を破棄する。

右部分に関する事件を東京高等裁判所に差し戻す。

原判決中その余の部分に関する上告を棄却する。

前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中島登喜治の上告理由第一点について。

所論は原審で主張しない事項をいうものであるのみならず、原審が、上告人において所論の担保のために本件売買を承諾した事実を認定していない以上、所論のような理由によつて右売買を所論営業に関する行為と解することもできないのであつて、論旨は採るを得ない。

上告代理人田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、青柳洋の上告理由第一点について。

原判決の摘示するところによれば内野支店長畠山芳蔵が商法四二条により本件取引をなす権限を有する旨の上告人の主張は被上告人においてこれを認めず、係争事項となつていたことが認められるから、原審が上告人の主張の当否を判断した上これを排斥したのはもとより当然であつて所論(一)の違法はなく、又右の判断は所論の資料をまたずしてこれをなし得る場合に属するのであるからこの点について原審のなした判断について所論(二)の違法ありとは言えない。論旨は理由がない。

同第二点および第三点について。

商法第四二条によつて支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人が支店の支配人と同一の権限を有するものと看做される、いわゆる「営業ニ関スル行為」とは、営業の目的たる行為の外営業のため必要な行為をも含むものと解すべきではあるが、当該行為がこれにあたるか否かは、行為の性質の外、取引の数量等をも勘案し客観的に観察してこれを決すべきものと解するのが相当である。それ故原判決が、本件のように靴下五千ダースの売買契約の如きは明らかにその営業に関せざる権限外の行為というべきであるとして商法四二条の適用を否定したのは正当であり、所論のように支店長畠山芳蔵が不良貸付回収を目的とし、職員の厚生にも資そうとしたものであつたとしても、これによつて右判断を不当とすることはできない。原判決にはすべて所論の違法はなく論旨は理由がない。

上告代理人中島登喜治の上告理由第二点、同田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、青柳洋の上告理由第四点の(一)、(二)、(三)、(五)について。

原審は、上告人の民法七一五条に基づく損害賠償の請求について、「被控訴人(被上告人)の使用人内野支店長畠山芳蔵がなした本件靴下の売買が被控訴人の事業の執行につきなされたものでないこと前に説明したとおりであるから、この点につき被控訴人に民法七一五条による責任ありとはなし難く」と判示し、上告人の右請求を排斥していること論旨の指摘するとおりである。しかし、原審は、右売買がいわゆる事業の執行につきなされた行為であるか否かについては、さきに、これが商法四二条の規定する営業に関する行為にあたることを否定している外別段の説示をしていないこと判文上明白であるから、右はひつきよう、右売買が前段にいわゆる営業に関する行為でないことを理由として民法七一五条にいう事業の執行につきなされた行為にもあたらない旨判断しているものと解せざるを得ない。しかしながら民法七一五条は、使用者が被用者を使用して広く事業活動をなすものであることを根拠とし、その事業の執行に関連して被用者が第三者に加えた損害について賠償責任を負担せしめることを趣旨とするものであり、取引の安全を保護するため支店長等の取引権限の範囲を劃定する趣旨に出でた商法四二条とはその規定の趣旨を異にするのであるから、その間の区別を顧慮することなく、商法四二条にいう営業に関する行為にあたらないからといつて、直ちに民法七一五条にいう事業の執行につきなされた行為にもあたらないと即断することはできないものといわなければならない。のみならず、原判決の摘示するところによれば、上告人はその請求原因として、「畠山芳蔵は小柳俊郎等と相謀り、控訴人(上告人)を欺き被控訴人があたかも買人であるかのように誤信せしめ、控訴人より内野支店に絹靴下を出荷せしめ、これを受領し、畠山が被控訴人の諒解の下にこれを売却処分した行為は小柳等との共同不法行為であり、しかもその行為は銀行の業務としてなされたのであるから、被控訴人は民法七一五条により使用者としての責任を負うべきものである」と主張しているのであつて、単に畠山が上告人となした売買行為だけをいわゆる事業の執行につきなされた行為であるとしているものではなく、同人が右靴下を他に売却処分した行為がこれに該当する旨主張していることが明らかであり、現に原審は、右畠山は被上告銀行取締役藤田耕二に対し、内野支店宛に送られた本件靴下は小柳等に対する貸付金の担保にとつてある旨報告した関係上右藤田耕二は畠山に対し右靴下を処分し右貸付金の弁済に充つべき旨命じたこと、畠山はその命を受けて小柳とともに右靴下の大部分を昭和二四年九、一〇月頃山形県方面に売却したことをも認定しているのであつて、右認定のごとき事実関係であるとすれば、右畠山の靴下の売却は、被上告銀行の事業の執行につきなされた行為でないとは、にわかに即断し得ないものといわなければならない。してみれば、原審は、単に畠山が上告人となした売買がいわゆる事業の執行につきなされた行為にあたるか否かを判断しただけで足るものではなく、進んで同人のなした右靴下の売却についてもこの点の判断を加え、もつて上告人の請求の当否を決すべきものであるにかかわらず、上告人となした売買を、商法四二条の規定する営業に関する行為でないとの理由だけで被上告銀行の事業の執行につきなされた行為にもあたらないとし、これによつて直ちに被上告銀行の民法七一五条による責任を否定したのは、法律の解釈適用を誤つたか、理由不備の違法あるものであつて、この点に関する論旨は理由があり、右の部分に関する原判決は破棄を免れない。

上告代理人中島登喜治の上告理由第三点、同田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、青柳洋の上告理由第四点の(四)について。

原審は、上告人の不法行為を原因とする損害賠償の請求について、「右畠山が被控訴人会社取締役藤田耕二の命により本件靴下を山形県方面に売却処分したことは前に認定したとおりであるけれども、右畠山において右靴下が控訴人の所有に属することを知つていたとの事実についてはこれを認むべき証拠なく、更に被控訴人会社取締役藤田耕二は被控訴人内野支店が本件靴下を小柳俊郎等に対する債権の担保にとつたものと信じ右畠山にその処分を命じたことも前認定のとおりであるから、結局右畠山および藤田には不法行為の成立要件たる主観的責任条件を欠くことに帰し、この点についても被控訴人に民法七一五条等にもとづく責任ありとはなし難い」と判示し、畠山および藤田に権利侵害の故意の存在しないことを理由として上告人の請求を排斥していること、論旨の指摘するとおりである。

しかし、所有権侵害の故意ありというためには、必ずしも特定人の所有権を侵害することについて、認識のあることを要するものではなく、単に他人の所有権を侵害する事実の認識があれば足るのであるから、畠山において本件靴下が上告人の所有に属することを知つていたことを認むべき証拠がないというだけで、直ちに同人に所有権侵害の故意がないものと即断することはできない。のみならず、仮に畠山において本件靴下につき所有権侵害の故意がなく、又藤田においてもその故意がなかつたものとしても、上告人は右請求の原因として、上告人の出荷した本件靴下を畠山が売却処分した行為は不法行為である旨、前点摘録のごとく主張した上、さらに「被控訴人(被上告人)の同絹靴下の処分は単独の不法行為も成立するものであつて、以上いづれの観点からいつても、被控訴人は代金相当額の損害を弁償すべき責任を有するものである」と主張していること原判決事実摘示により明らかであり、畠山および藤田に所有権侵害の過失ある事実を主張していないものとは必ずしも解し得ないのであるから、同人らにおいてかかる過失ありや否やを判断することなくしては、不法行為の成立要件たる主観的責任条件を欠くものと断定し得ないものといわなければならない。しかるに原審が前記摘録のごとく判示しただけでたやすく同人らにおいて主観的責任条件を欠くものと断定し、これによつて上告人の請求を排斥したのは、法律の解釈適用を誤つたか、理由不備の違法あるものであつて、この点の論旨も理由があり、右の部分に関する原判決は破棄を免れない。

よつてその余の部分の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

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